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火曜の夜にバスを待つ 〜ディズニーワールドで働く〜

三味線の師匠がCRプログラム生としてアメリカのWDWで働いていたブログです

CRプログラム卒業後の仕事の話をざっくばらんに書いてみます

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「海外のでディズニーで働きたいなあ」

「アメリカで働いてみたいなあ」

そう思いながらこのブログに行き着いたり、暇つぶしに読まれている皆様。

 

こんにちは、hanaeです。

 

今日は私がアメリカのディズニーで働ける”CRプログラム”を経て、CRプログラム卒業後帰国して何をやっているのか?というところを書きます。

 

現在進行形でCRプログラム中の方。

渡米前の準備をしている方。

CRプログラムでディズニーで働きたいなー、と考え中の方。

 

先に言っておきます。

私のCRプログラム卒業後の進路は

全く参考になりません。

 

もう一度言います。

全く参考にならないと思います。

 

ふう、大事なことなので二回言いました。

 

じゃあなんで書いたんだよって話ですけれど

「ああ、こういう人もいるんだなあ…」

程度にご覧いただけると幸いかなと思い、書くことにしました。

結構長くなりますが、最後までお付き合いいただけるととても嬉しいです。

結論:渡米前のお仕事に戻っています

もう、いきなり結論でごめんなさい。

渡米前にしていた仕事に戻っています。

 

これだけじゃ一行で終わってしまうので、もう少し詳しく話します。

そしてもう少しだけ、格好つけて書かせて下さい。

「CRプログラムで得られた経験を”なんとなく”生かして、渡米前の仕事で”少しだけ”国際的に活動しています!」

…あれ?全然格好つけられなかったですね。

 

渡米前の仕事:三味線演奏・指導家

「え?!CRプログラムの経験を生かして国際的に活躍だなんて〜!!」

「よーし!私も帰国後は経験を生かして国際的に活躍しよ!」

…と思われた優しいそこのあなた(^^

ちょっと一緒に落ち着きましょう。

 

私の渡米前の仕事は「三味線の演奏・指導家」です。

人生の中で”少しの間その仕事”だった、のではなく、ずっと”その仕事”なんです。

高校卒業後からずっと三味線しかやっていないんです。

 

早い話が、早い話がですよ?…非正規雇用どころか頼りない自営業です。

いえ、そもそも私、人生の中で正社員になったことすらありません。

ボーナス?ナニソレオイシイノ?

そういう環境でずっと生きてます。

 

「三味線の演奏…指導…?!それは一体具体的に何をしているのだ?!」

と一番最初に聞かれる職業です。

 

具体的には、イベントや個人に呼ばれて三味線の演奏をしたり、弟子を取って三味線教室を開いています。

時と場合により、小学校や高校、県関連の公的な教育機関でも教えています。

定年も残業もない代わりに、有給もボーナスもありません。

 

実は帰国後のことを考えると「怖かった」

CRプログラムで働くのも終わりに近づいた頃、私は「まだ日本に帰りたくないなあ…。」と思っていました。

それはとっても分かりやすい理由ですが、アメリカでの生活やCRプログラムでの仕事が大好きだったからです。

しかも余暇時間に三味線も教えれていて、演奏でも喜んでもらえている…

「このままアメリカに住めたらいいな…」と考えていました。

 

冷静に考えてみるとそれもそれで大変だし、実際アメリカに長く住まれているお弟子さんに話を聞いても

「いや〜先生、アメリカに住むのも大変よ!日本がいいわよ!」

と仰います。

 

大変なのは分かっているけど、あともう何年か住めないかな〜?と思ってグリーンカードのことを調べたり、弁護士を通じてグリーンカードを取得した知り合いに話を聞いたりしました。

そして、実際にアメリカでの永住権が取れたら仕事はあるのか?ということを雇用主に聞いたりしていました。(実際、オーランドでの仕事はありました。)

 

…ですが、結局具体的な手立てがないまま帰る時が来てしまい、ニューオーリンズからラスベガス経由で日本に帰りました。

 

日本に帰ったらまた息苦しい世界が待っている?

「アメリカでの仕事や生活が楽しかったから」

というのが、日本に帰りたくないというポジティブな理由になったとしたら、ネガティブな日本に帰りたくなかった理由ももちろんあります。

 

それは

「日本に帰ると…また伝統芸能の息苦しい世界に戻らなくちゃいけないのか〜!」

ということでした。

 

日本の伝統芸能の世界…というよりも、日本で就職すれば様々な業種にあることなのかもしれませんが、日本にはまだまだ保守的な考えが残っています。

 

もちろん一概にこうだとは言えません!

ですが、例えば新しいことを始めようとするとさりげなく反対されたり、自分を押し殺すことが大手を振って推奨されています。*1

 

私はそんな厳しい伝統芸能の世界でも割と自由にいろいろやっていた方だと思いますし、やらせてもらっていたと思います。

それでも、自分と三味線の”程よい距離感”のようなものが掴めなくて、とても悩んでいた時期があります。

  

やりたいことやるって”業”みたいなもんなのかも

色々な方から

「hanaeさんは三味線をやっているし、自分のやりたいことがあるから、いいじゃん!恵まれているよ!」

と言われます。(いや、もうまったくその通りだと思います。)

 

「三味線」という分かりやすい指標があるので、すごく贅沢な悩みのように聞こえるかもしれませんが…。

私は三味線が嫌で嫌でしょうがなかった時期もあります。というか、嫌だと感じていた時期の方が圧倒的に長かったと思います。

 

自分自身が大学を出ていないことや、就職活動や一般の仕事を経験したことがないことも大きなコンプレックスだったと思います。

 

「なんで自分はこれ(三味線)しか戦えるものがないんだろう…。」

「こんなことなら適当な大学とか行って”大卒”という肩書きぐらい取れば良かった…。」

と、思いました。でも、三味線を辞められない。

…何というか、もうここまでくると三味線ってもしかしたら”自分の業のようなもの”なのかもしれないな…と思います。

 

意地で続けているわけではないですし、やめたきゃ辞めればいいとも思います。でも出来ないなって思う。

すごく分かりやすい理解を自分の中でするとするなら、それは”業”のようなものだと思いました。

 

嫌な面もあるけれど、いい面もある…それがないと自分が自分でないような気がするし、今日までの自分はそれが創りあげてくれたような…いつでも近くにあったようなもの…

そんなものが、おそらく誰にもあるんだと思います。

 

それが私の場合三味線だった、三味線だったと気づいたのかもしれません。

 

”業”との正しい付き合い方

自分の”業”と長く楽しく付き合おうと思うと、何より大切なのは距離感だと思います。

(”業”と楽しく付き合うって、変な言い方ですけどね…)

 

帰国後、私の中には漠然と

「よくわからないけど、三味線を長く続けたい」

という、目標?のようなものがありました。

 

それをするためには、頑張り過ぎても長く続かない(実際一度それで潰れていますし)、サボりすぎない程度に自分が飽きない程度に続ける必要があります。

そうするにはどうしたらいいだろうかな?と考えました。

 

私の出した答えは「演奏と指導だけで三味線に向き合わない」ということでした。

例えば今書いているようにブログで文章に起こすこと、絵を描くこと、三味線を通じて誰かとコミュニケーションをとること…

 

”演奏”と”指導”は大切な三味線の柱ですが、それだけだとどうしても自分を追い込んでしまいます。

(皆さんも何かしら仕事をしていると、どうしても視野が狭くなって自分を追い込んでしまうこともあると思います。)

 

でも、私はこう思います。

もっといろいろな選択肢があってもいいし、ないのならば選択肢を作ってもいい。

 

三味線だけではなく、何事も長く続ける、楽しく付き合うためには、何よりも「自分が快適かどうか」が最優先だと知ったからです。

 

もっと平たく言うと、”自分を大切にできる手段”を考えました。

自分を大切にしないと「仕事」も「他人」も大切にできない。

それは仕事に限らず、人生を生きていくためにも必要な心得なのではないかと今は思います。

 

そして「自分自身で考えて、答えを見つける」ことも大切なことです。

私がやろうとしていることには「答え」がありません。正しいやり方も存在しません。

 

それは「自分で考えること」「自分で失敗してもいいから、やってみること」でしか答えを見つけられないし、答えを記していけないんだと思います。

 

自分を受け入れる必要があった

そのように、自分で納得して三味線の道に進むには、まずやはり自分を受け入れるということも大切な工程の一つだったと思います。

 

出来ないことを嘆くよりも、出来ることを伸ばしていった方がいい。

そういうシンプルなことを、自分自身の挑戦や体当たりから学んでいけたと思います。

もちろん、今もその挑戦の途中であることには変わりないのですけれど(^^;

 

CRプログラムで働いていた経験、いえ、それよりももっと前に出会ったこと、色々な経験や知り合った人、読んだ漫画や本、映画、ドラマ…

その様々な要因や出来事が最終的な結論をこう出してくれました。

 

「やりたいようにやってみなはれ。誰も見てやしませんし。」 

間違いや失敗を恐れて動かない・何もしないことの方がもっと怖い。

それに

「誰も自分のことなど気にしていない」

そう考えると、様々な可能性の道が目の前に広がっていくような気がしました。

 

渡米前と渡米後で変わったこと 

CRプログラムは私にとって非常に大きなきっかけだったと思います。

 

人生の中で一年間も海外に出るのは初めてのことでしたし、素敵な同僚や友人に囲まれて過ごした日々のなかで、少しづつ自分の三味線活動に自信が持てるようになったことは間違いありません。

身にあまるほど大きな経験を積ませてもらえたこともありますし、三味線ばかりだった私の人生が無駄ではなかったのだと思えた経験は何事にも代え難いものでした。

 

CRプログラム期間中に目に見えて伸びたスキルは「寿司を上手に作ること」です。(ポジションが寿司シェフだったので)

英語に関しては、残念ながら今なお落第点です。

ただ、それ以上に

  • 色々なことに挑戦する勇気
  • 失敗しても立ち上がれる強さ

この二つが得られたことは最も大きな成果だったと思います。

 

帰国後の仕事と活動

帰国後の活動は、文字に直すと”三味線の演奏と指導”なのですが

  • 海外クルーズ船入港の際の歓迎演奏
  • 国際交流事業での三味線演奏
  • 海外観光客への三味線体験指導
  • 日本文化紹介イベントでの演奏(ドイツ)

などなど、身に余るようなやりがいのある仕事もさせてもらっています。

 

★海外クルーズ船入港の際の歓迎演奏

海外クルーズ寄港の演奏は、時期的にもマッチしていたという特需はありました。

ですが、少しでも仕事で英語が使える環境というのは本当にありがたい限りです。

 

ちなみに、こんな感じで演奏しています。

www.hanae-chiritote.com

 

★日本文化紹介イベントでの演奏(ドイツ)

あとはドイツでの演奏は、帰国後初めて経験させてもらえた海外での仕事です。

実はもうすぐ私はドイツへ一ヶ月ほど行くのですが、その時にも少し演奏の機会を頂いています。

2017年6月にはイベントにも出演させて頂きます。

Magnology 2017

ちょっとフランスのJAPAN EXPOに似ている感じのイベントです。

 

おそらくCRプログラムに行く前は考えもしなかった仕事だったと思いますし、このようにフットワーク軽く挑戦もできなかったんじゃないかと思います。

 

今も自分の”業”と向き合っているし、今もあがいています

ただ一つ申し上げたいのは、どの仕事も

「自分でやり遂げたんだぞおー!」

というほど立派なものでもなく、人の紹介や知り合った人のご厚意で演奏させていただいたものがほとんどです。あとは「ダメもと」の積み重ねです。

 

たまたまポジションに空きがあったからできたり、「やってみたいんですけどどうでしょう?」と提案したらやらせてもらえたものだったりです。

そんなわけで、いつまでできるのかは保証されていない、先のことは全く分からないのが難点ですけれど(笑)

  

それでも今現在、やっと…やっと楽しく三味線と向き合えているのは、CRプログラムを経て、”自分の選択肢に納得”できているからではないのかと思います。

私は自分の”業”の落とし所を見定めて、今もなお、あがいている最中なんだと思います。

 

やりたいように生きればいいと思う

最近、CRプログラム時代の後輩と話しました。

「私ももうオバさんですよ!これから先、どうしようって考えています。」

…そう言う彼女は、まだ26歳です。

 

年齢のことも過去記事に書いたので、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、現時点で私は30を超えています。

26歳でオバさんなら、30を超えたらなんなのでしょうか?おばあさんかよ?!(><

冗談じゃありません。

 

 私自身もそうだったので痛いほど良くわかるのですが…みなさん、30歳になるのって怖いですか?歳を重ねるのって、怖いことですか? 20代の後半になるとよく分からないけれど”焦り”を感じますか?

 

 

これはあくまで私の考えなのですが…

結局自分の人生ですから自分で道を決めなくてはいけないものです。

「育ててくれた親の期待に応えたい」

とか

「周りに比べて自分はだめだ…」

と、もしかしたら思うかもしれません。

 

ですけれど、やはり自分で自分の選択肢に満足・納得できる生き方ができないと、たとえどんなにいい仕事についても、親の期待にどんなに立派に応えても、結婚しても、子供を産んでも…

それが”自分で決めたことでない”のならば、結局辛いのは自分自身だと思うのです。

 

今はとてつもないスピードで世の中が変わっています。

20年も経てば、国の様相や社会は変わります。40代や50代、それ以上の世代の方とは感覚的に合わないと感じることも多いと思います。

 

”誰かの期待”を満たすために人は生きているわけではありません。

”誰かのやり方や価値観”を押し付けられるために生きているわけでもありません。

世界には様々な価値観があることを、私はCRプログラムの一年で学びました。

 

 

CRプログラムから帰国された後、進路や就職で悩んでいる人もたくさんいます。

「こうでもない、ああでもない、この道がいいかな、それともあっちかな…」

 

たくさん迷って、その中からたくさん試してみればいいと思います。

うまくいかなくても、たとえ倒れても、英気を養って、また立ち上がればいいと思います。

私もけっこうボッロボロになりましたけど、そうやって立ち上がってきましたし、これからもそうすると思います。

 

私は”どんな形でもいいから三味線と向き合う”こと、そして”自分が納得した生き方を全うする”ことに、自分の人生を捧げる価値があると思っています。

望んだキャリアを歩むこと、打ち込めることに打ち込むこと、目標を立てて歩み続けること…それこそが誰にも生きられない自分自身の人生をかける価値があると思うのです。

 

すごく長くなりましたし、仕事の話あんまりしていませんが、現時点の私の状況でした。

びっくりするぐらい参考になりませんけど、こういう仕事をしている人がこのブログの管理人です。

 

そして、

「これからCRプログラムに参加したいな」

「海外で働いてみたいな」

そう思っている人の少しでも助けになればいいなあ…と思いながら書いています。

 

関連記事

 ★CRプログラムと年齢の話

www.hanae-cr.com

 

★人それぞれだと思いますが、実際に感じたこと

www.hanae-cr.com

 

 

*1:これに関しては良い面も悪い面もあると思うので、自分を押し殺すことや年長者の意見を大切にすることに意味はない!!!!とは思いません。