火曜の夜にバスを待つ 〜ディズニーワールドで働く〜

三味線の師匠がCRプログラム生としてアメリカのWDWで働いていたブログです

オーランド再訪に関して思うことつらつら

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こんにちは!hanaeです!

 

今日の記事は随分と個人的なことであり、かなり感傷的な記事になっているだろうなあ…と思います。

ひとまず、無事オーランドに到着しました!

 

最近、ひょんなことから自分自身のこれまでの半生を振り返ってみたことがあります。紆余曲折で、行き当たりばったりで、滑稽で、とても人様に対して偉そうに指導できることなど何一つないな…と思う人生です。

 

そんな思いもありながらも、こうしてCRプログラムのことについてブログを書き始め、気がつけば2017年の9月の時点で約15ヶ月ほど書き続けていることになります。記事数は130を超えました。

 

もちろん数々のリライトを経て、今読まれている皆さんの目に届いている文書もありますが、どの記事もおおむね自分自身が書きたかったもの・誰かに伝えたいと思ったことばかりを書いていると思います。

 

過去の記事の中で「米国三越CRプログラムを真面目にオススメしたい」という記事があります。

 

www.hanae-cr.com

 

この記事こそが私のブログの記事の中で最も読まれている記事です。

このことはアクセス解析を経て分かったことなのですが、検索で最もたどり着きやすい記事がこの「真面目にCRプログラムをすすめたい」という記事だったのです。

そして、最も読まれている記事であると同時に、私が「最も私が伝えたい」「最も読んで欲しい」と思う記事でもあります。

 

 

一つここで告白いたしますが、CRプログラムを受験した当時27~28歳の私は、人生の中でも日々の生活が辛い時期でもありました。

その原因は、他でもない自分自身が「生きづらさ」を感じていたことでした。ただ、その「生きづらさ」とは、私だけではなく誰もが感じる”不安”や”焦り”に近いものだったのではないかと思います。

 

29歳でCRプログラムの合格を受諾した時…

念願のプログラムに参加できることや、10歳の時に初めて訪れた初めての海外旅行先であるオーランドで、そして自分自身の人生の中で間違いなく大切な場所の一つであるディズニーワールドで働けるということに大きく期待を寄せていました。

 

ですがそれと同時に、初めての海外長期滞在や他人との共同生活、そしてなにより一般企業に勤めたことがない自分自身の社会経験不足に、少なからず不安を抱えていました。

 

その当時の私は

「私は一般的な社会経験がないから…。」

「私は一度三味線が辛くて、逃げ出してしまっているから…。」

「私は同世代の友人と深く友好を深めた経験が乏しいから…。」

と、自分自身を自分で勝手に責めているようなところがありました。

 

渡米前日は同僚と友好な関係が築けるかどうか、オーランドで無事に過ごすことができるだろうかという不安を消すために、パソコンと向かい合って不安な気持ちをひたすらキーボードに打ち込んでいたほどです。

 

 

結果として、私は非常に人に恵まれた一年間を過ごせました。

仕事もプライベートも本当に充実していたと思いますし、身に余るような挑戦もさせてもらえたと思います。

ただ、何も問題がなかったわけではありません。

自分自身の苦手な部分や、醜い部分を目の当たりにして「うわあ、やっぱり私は嫌な奴だなあ…。」と思ったこともありますし、結局人間関係がうまく築けなかったこともありましたし、誰かを傷つけたこともありました。

 

 

仕事は楽しく、同僚や先輩や後輩にも恵まれ、日本館以外でもオーランドの地元の方々と交流することもできました。

今まで自分自身を苦しめてきた「三味線奏者(指導者)としての私」を恥じることなく表に出せたのも、このプログラム中の一年が非常に大きかったと今でも思います。

 

 

今でもディズニーハウジングでの日常や日本館での勤務の日々を思うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような気分になります。

今日は少し現役時代を思い出して、スシオロジーにお寿司を食べに行って、その後パブリックスで買い物をしました。

帰りのタクシーの車窓からパターソンコートが見えた時、自分が住んでいた部屋の匂い(当時ルームメイトや友人からもらったカードにはまだその匂いが残っています。)、当時の写真、映像、どれもかけがえのない思い出が蘇りました。

 

 

私はすでに帰国から1年半以上…2018年の3月になると、帰国から丸2年経過したことになります。

日本館に直接知り合いの現役生さんはいらっしゃいませんし、すでに過去のプログラム生として米国三越に在籍していたという過去を残すのみです。

それでも今もなおこのようにブログでCRプログラムのことを取り上げているのは、少し未練がましく、もしかしたら過去にすがって生きているように見えているかもしれません。

 

もしかしたら自分自身の中で

「自分はこれで良かったのだ。」

という”心の確認作業”のためにブログで当時を振り返っている…そんな節もあるかもしれません。

 

ですが、私の中で

「CRプログラムに参加して良かった。」

と心の底から思う気持ちがあるからこそ、プログラム中に感じたことや帰国後に気づいた気持ち、そして情報を書いていきたいという思いが強くあると思っています。

 

 

仮に、今もし私が

「もう一度CRプログラムで働かない?」

と言われても、答えはノーでしょう。(もちろん、三味線奏者としての仕事ならば喜んで引き受けます。)

 

なぜなら、CRプログラムそのものに未練はなく、何よりCRプログラムを経てやっと自分自身のあり方や仕事との向き合い方に満足できたからです。

それはCRプログラムで仕事に向きあう力を得られたというわけではなく、帰国後の1年半と今もなおがむしゃらに三味線の仕事と向き合う活力と英気と自身を、CRプログラムの日々で得られたと言った方が正しいのだと思います。

 

 

今回の渡米でも、私はかけがえのない経験をさせていただくことになります。

一つは、オーランド補習校で三味線の演奏をさせて頂くことです。

 

これはCRプログラム中に関わった方々の協力なくしては、企画・実現できなかったことです。

二つ目は、今のCRプログラムの現役生さんとお話しできること。

これに関しては、快く受け入れてくださった現役生さんには本当に感謝してもしきれないぐらいです。

 

プログラム期間中が忙しかったことは身をもって理解していますし、貴重なOFFの日を使ってくださったり、仕事前の時間を使ってくださることを思うと、恐縮とともに感謝の気持ちでいっぱいです。

ブログを読んでいてくださっていた現役生さんもいらっしゃることも関係しているのですが、現役生さんとお会いすることに緊張しているところもあります!

どうか温かい目とお心で接していただけますと幸いです。

 

 

こうしてブログを書き続けていることは、やはり私自身が「やりたくてたまらないこと」「好きでたまらないこと」なのだと思います。

それは「損か得か」「どのように他人から見られるか」ということではなく、書かずにはいられない…、書くことの労力や手間は度外視してもいい…、言ってみれば私の性分のようなものかもしれません。

 

それでも私が書いたブログを読んで

「とても役に立った」

「知りたいことが知れてよかった」

と言っていただけることは、身にあまる光栄だと感じています。読後の感想や質問なども頂けていることもとても嬉しく感じています。

 

 

私の性分の域を出なくても、言葉足らずでも、それでもこのブログを通して伝えたいことがあるとすれば、それは

自分の人生は、自分自身でなければ生きることはできない。

ということ。

 

CRプログラムという一つの枠を通り越して大きなことを書いたなあ…と自分でも思いますが、それは今私も向き合っている問題でもありますし、向き合い続ける人生の課題なのだと思います。

 

 

長々と書きましたが、第二の故郷のように感じているオーランドに帰れることを嬉しく思っています。

今日から一週間ほど、のんびり遅めの夏休みを過ごすことにいたします。